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4月20日、危うい

「はじめの一歩」というボクシング漫画がゲロ吐きそうになるくらい、その吐いたゲロ全部飲んでもいいくらい好きで、百巻を超えた今もなお新刊を追いかけている。金がないから買いはしていない。せこせこと立ち読みの無課金ユーザーだ。JASRACに怒られるまでは立ち読みやめないぞ。曹洞宗でも臨済宗でも浄土真宗でもエホバでも統一教会でも孫正義育英財団でも日清食品でもドミノピザでも誰でもいい、誰か僕を救ってくれ。

まあ、まあ、その「はじめの一歩」だ、ぶっちゃけ漫画全体のトーンとしてはピークを過ぎた感大アリで、20-40巻くらいでマックスを迎えてしまった漫画ではある。しょうもない練習風景と魅力のない対戦カードばかりを描写する現状を惰性と評するファンも多い。僕もそう思う。日本に帰ってきてからの松坂大輔を見てる感じだ。練習ばっかりしやがって、三軍戦でばっか投げやがって。ね、全く同じ。

 

まあ近いうちに定食屋の中華油くさい本棚に埋葬されてしまいそうな漫画ではあるんだが、20-40巻あたりを読んだときの胸の高ぶりを思えば、今の平坦さを差し引いても十分おつりがくるくらいに面白い漫画である。中華鍋なんかよりずっと熱かった時期があったんだよ。

 

その中でも特に激アツな、はじめの一歩ベストバウト、いや歴代日本格闘漫画ベストバウトとして、僕は木村VS間柴の日本チャンピオンタイトルマッチを推したい。何回も何回も繰り返し読み、繰り返し心が熱くなったマッチだ。流れは完璧に覚えているので、徹夜明けの錆びっぽい文章に少しだけ付き合ってほしい。

 

木村はうだつの上がらない中堅ボクサー。万能型のボクサーであり、総じてレベルは高い選手だがこれといった武器はなく、通算成績は平凡。引退を考える頃合いのおじさんである。ボクサーとしての立場はなかなかに危うい。

一方の間柴は現日本チャンピオン。長いリーチを生かしたファイトスタイルで無類の強さを誇り、また相手を容赦なく叩きのめすことに快感を覚える狂気性を持ち合わせている。対戦した相手はみんなフルボッコで再起不能にされる。要はヤッベエおっかない、違う意味で危ういやつだ。

木村はこのタイトルマッチに自身の引退を賭けることにした。今までのボクサー人生のすべてをぶつけるつもりだ。一方の間柴は、余裕綽々、挑発的な態度。木村の挑戦心を意にも介さない様子だ。

 

実際問題として、間柴は強い。

木村は苦悩する。いかにして間柴に勝つか、そのプランが浮かばない。間柴の長いリーチをかいくぐる特訓を行い、なんとか間柴の懐に潜り込む技術を手に入れる。しかし、そこで木村は気付く。これといって武器のない自分には、近づいたとて打てるパンチがねえぞ、と。このままじゃ勝てない、ボクサー人生に一花咲かせたいっていうのに。

くそう、どうしたらいいんだ、思い悩む木村。しかしある時のこと、木村は部屋で飼っているドラゴンフィッシュが水面から飛び跳ねて餌を食う動作を見て思いつく。死角から魚が飛び跳ねるようなパンチが打てれば、あるいは。

 

そして木村は念願の必殺技、ドラゴン・フィッシュブローを完成させる。

 

木村vs間柴のゴングがなる。想定以上に長い間柴のリーチに戸惑う木村。しかし練習を思い出せ。何ラウンドも間柴に打たれ続け、やっと間柴のリズムをつかみ、間柴の懐に潜り込む。ボディを何発も打ち、間柴の意識を下に向ける。今だ、ここで打つんだ。木村の右腕が弧を描く。ドラゴン・フィッシュブローのお披露目だ。

痛烈、一閃。間柴は何が起こったのかもわからぬうちにリングに沈む。やったぞ、と思う木村。しかし、倒したかと思った間柴はギリギリのところで立ち上がる。間柴の最大の武器は、本当は長いリーチではない。狂気に由来する執念なのだ。

 

両者にらみ合う。前半間柴のパンチを打たれまくった木村の体力も限界に近い。一方、先ほどダウンを奪われた間柴もまた限界状況にある。二人の拳が交錯する。木村の渾身のドラゴン・フィッシュブローと、間柴の右の打ち下ろし。先に拳が当たった方が勝ちだ。木村の頭にチャンピオンベルトが浮かぶ。それは拳のすぐ先にある。当たれ、当たれ、当たれ。

 

しかし、次のカットで、リングに沈んでいたのは木村だった。ドラゴン・フィッシュブローは、確かに間柴を屠るだけの力を持ったパンチだった。しかし、それは破壊力と引き換えに、軌道の長さ、パンチが届くまでの遅さという弱点を持っていたのだった。敗北した木村達也は引退を決める。セコンドに、ジムの仲間たちに別れを告げる。

 

なんて完璧な、そしてアツい話なんだろう。試合に至るまでのストーリー展開、キャラクター造形、試合での息を吞むような展開、そして儚い最後。そうだよ、俺はこれをスポーツ漫画には求めてるんだ。めちゃめちゃ良い。誰でもこの話には胸の奥、体の芯が熱くなる思いを感じるはずだ。いやすげえよ。

仮に、これで木村が間柴に勝っていたらこの試合はたいして燃えるものにならなかったはずだ。実力差は歴然である相手に挑むため、飛び道具を開発して、それでもなお勝てなかった、ここには敗北のあまりにも純粋な美学がある。僕はこの漫画のこのストーリー、ここに至るまでのあらゆるシーンを、一生肯定し続けることと思う。それくらいアツい。ヤバい。ヤバすぎる。

 

そう思って次の話に進む。すると、木村が記者会見を開いている。「ボクサー木村達也は引退します。これからは、木村タツヤとして頑張ります」とある。

 

いやそんなのアリかよ嘘つけ何がおもろいじゃ何がアツいじゃ読者なめとんのかクソが、その他ここに書けないありとあらゆる罵詈雑言を並べて単行本をぶん投げる。つまんね。何回読んでもこのパターンだ。クソ漫画め。

 

でも、こうなるってわかっていても、僕はまた読むのだろうし、何度でも、多分死ぬまでにあと15回くらいは木村vs間柴に燃えるんだと思う。単行本が投げられに投げられてボールとしてのアイデンティティを獲得するに値する形になってもなおだ。そうなったら、僕はボールを読む。何言ってんだ俺、球体は読めねえよ。でもでもだって面白いんだもん。

 

まあ、人間、それが好きだったら、あるいはそこに向かう衝動があったら、何かしら反動が来ることが分かってなお、それに向かってしまうもんだ。何かに向かうってのはいつだって危うい。間柴だって衝動が根付いてるヤカラだから危ういんだ。人はときに衝動に支配されたりする。危ういんだぜ衝動って。

 

例えば、煙草が体に悪いことくらいとっくに分かったうえで煙草を吸うことをやめない人たちというのがいる。煙草やめたいとか言って禁煙やめるあいつらだ。衝動に身を任せてたら指が口元にある人たちのことだ。

 

同様に、セックスなんか性病なり社会的な体裁なり諸々のリスクが伴うととっくに分かったうえで沢山の人とセックスする人たちというのもいる。やめろって周りは言うんだけどあんまり効き目がない。衝動がそこにある時点で、世間一般における「それ」とは意味が重ならない。

 

同様に、お酒なんか、文学なんか、音楽なんか、恋愛なんか、舞台なんか、研究なんか、お笑いなんか、事務所設立なんか、諸々、なんやかんや危ういものが危ういとわかって、それに悠然と、あるいは無自覚に、いずれにせよ衝動のままに没入していく人たちというのが存在する。みんな危うい。なにせ危うい。

 

危ういことは基本的にやめたほうがよい。なにせ危うい。僕はいつか自分の子どもが、それじゃなくても友達の子どもだとか、関わることになったティーンエイジャーの子だとかがその手の趣味に走っていたら、矯正しようとは思わないまでも眉をひそめてしまうだろう。だって危ういんだもん。

 

その手の趣味というのは、例えば、太宰治だとか、ヘルマンヘッセだとか、ボードレールだとか、Syrup16gだとか、Radioheadだとか、なるたるだとか、シソンヌだとか、かもめんたるだとか、そういうアレだ。要は、僕が好きなものだ。何せどこか危ういものが多い。ちなみに「はじめの一歩」はそこまで危うくない。記事の頭で出す例を完全に間違えたわ。創価学会でも幸福の科学でもPLでも味の素でも関ジャニでも共産党でも在得会でも筑波大学大学院でもいい、誰か僕を救ってくれ。

 

危うい。なまじ危うい。こっからは僕の話だ。うるせえ、これは俺のブログなんだから自分語りさせろ。黙って聞け。まあ、要は危うさがゆえ、全体的に虚脱になる時期が僕にはある。もともとちょっと離人感が強いタイプなんだ。中学2年生のとき、高校2年生のとき、大学2年生のときなんかは酷かった。生きてる心地がしなくなることがあるのだ。そして大学院二年の今も、ちょっとあんまりよくない状態にある。どうやら僕は2に愛されていない。

 

だけど、危うい時期を終えると、僕はたいていトップスピードで事に当たれる時期が来る。超人みたいになる。桃鉄でいう特急周遊カード、パワプロで言うピンクの毛玉が跳ねるアレ、ドラクエでいう天地雷鳴士になる。(天地雷鳴士は思ったよりHPが低いのでボス戦では危うい)

 

希望的観測が半分、予定が半分で言おう。近いうち、僕はトップスピードで事に当たるタイミングを迎える。気概がきっと出てくる。

ぶっちゃけ、ここ数か月はそこまで頑張れる時期じゃなかった。M2やねんもん。2はあかんねや。退行したい、逃避したい、そういう欲求が連なってやまない。正直ちょっと諸々のパンチに打たれ過ぎたかもしれない。我慢を覚え過ぎたかもしれない。

 

だけど待つ。湧き出てくるものがあるはずだ。隙が見つかるはずだ。周期性を覚えろ、心技体で敵を把握しろ。行ける時が来る。たぶんある。きっとある。そろそろ懐に入り込んでやれ。今か、今なのか。

さあ、気概は今の俺にあるか。戦いは危うい。っていうか普通に危ないぞ。それでもいけるか。いけるだろ。いけそうな気がしてきた。いけそうな気がする。俺には木村の研究心も、間柴の狂気もある。再起しよう。俺は小保内タイキだ。あれ、名前の表記変わってる。つまんね、この記事ぶん投げよ。